上野国立西洋美術館にある「地獄の門」
韓国ドラマ「魔王」の中で復讐心の象徴としてつかわれているこの門
ダンテ「神曲」地獄編に登場する門で、頂きの銘文は下記のように書かれています。
憂いの国に行かんとする者は此門をくゞれ
永劫の呵責に遭はんとする者は此門をくゞれ
迷惑の人と伍せんとするものは此門をくゞれ
正義は高き主を動かし、神威われを作る、最上智、最初愛
我前に物なし只無窮あり、われは無窮に忍ぶものなり
此門を過ぎんとするものは一切の望みをすてよ

フランスの彫刻家オーギュスト・ロダン代表作です。
門の上部中央の「考える人」は特に有名ですね。
一見、恐ろしく見えるこの作品も、ロダンの生涯をたどってゆくと
また違うものが見えてきます。
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1880年、ロダン(1840〜1917)に国立装飾美術館のモニュメント製作の依頼が来た。
「地獄の門」をテーマにする事は決まったがなかなか構想がまとまらない。
そんな折、弟子としてやってきたカミーユ・クローデル(1864〜1943)との出会い。

ロダンには内縁の妻ローズと障害を持つ息子がいたが、才能溢れる美貌の18歳のクローデルに溺れていく。ロダン42歳。モデルとして、師弟として、ついには愛人関係に・・・二人の才能も充実していく。
しかし、カミーユ30歳の時、ローズが病に倒れ、おろおろするロダン。
優柔不断な彼にカミーユは「私か彼女か」と選択を迫る。そして、ロダンはローズの元に戻ってしまう。そんな寂しさを創作にぶつけるが、才能がありながら、モデルだったから、ロダンと作風が似ているからとなかなか認められない。

(「カレーの市民」製作の際はカミーユが英仏百年戦争を丹念に調べ共作だったにもかかわらず、発表の際はカミーユの名前は出されなかった。)
徐々に精神を病んでゆくカミーユ。
ロダンが作品を奪いに来るという強迫観念にとらわれ、ついには精神病院に送られてしまう。
ロダンが78歳で亡くなった後も病状は回復せず死ぬまで病院で過ごしたカミーユ・・・
ロダンの遺言で「ロダン美術館」の一室はカミーユの作品が並べられているそうです。
この辺のお話は「カミーユ・クローデル」という映画にもありました。
ご覧になりましたか? とっても衝撃的な映画で、今でも印象深いです。
ロダンをジェラール・ドパルデューが、カミーユをイザベル・アジャーニが演じていたが、カミーユの狂気を演じるイザベルの迫力はすごかった!
「地獄の門」は、ダンテ「神曲」ボードレール「悪の華」ミケランジェロ「最期の審判」を参考にし、「考える人」は門をくぐる人を眺めているダンテだとも、苦悩するロダン本人だとも言われている。
政府から美術館の建設中止の連絡が来ても、生涯この作品を作り続け、未完のまま亡くなったロダン。
門の中には妻ローズ、息子、カミーユも創り込まれているそうだ。

地獄の門に造り込まれたたくさんの作品の中で、私は、この「接吻」がカミーユとロダンだと思うのです。
ダンテ「神曲」の悲恋をモチーフにしたこの作品
結ばれない恋に落ちたフランチェスカが交わす禁断の接吻・・・
なんて美しいんでしょう・・・
ロダンの最期の言葉は「パリに残した若い方の妻に会いたい・・・」だったとか・・・
100年経った今でも彫像になってキスし続ける二人
カミーユを愛しながらもローズを捨てることもできなかったロダン
この作品を造ることで赦しを求めたのかもしれませんね